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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)11725号 判決

原告

山本政子

被告

高野洋平

主文

一  被告は、原告に対し、二一一万四二四〇円及びこれに対する平成五年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、道路を歩行中、被告の乗つていた自転車に衝突され負傷した原告が、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下の事実のうち、1は当事者間に争いがなく、2は甲第二、第三号証により、3は乙第一ないし第一一号証により認めることができる。

1  原告は、平成五年一月一五日午後七時五〇分ころ、大阪府八尾市永畑町一丁目二番二五号先道路(以下「本件道路」という。)を歩行中、被告が乗つた自転車に衝突された(以下「本件事故」という。)。

2  原告は、本件事故により、外傷性脳内出血、脳挫傷、頭皮挫傷の傷害を負つた。

3  被告の父母は、原告に対し、本件事故に対する見舞金等として合計三八万二二三〇円を支払つた。

二  争点

1  被告の過失の有無

(原告の主張)

被告は、本件事故の発生について、自転車の前照灯を点灯せず、雨がかかるのを避けるため雨傘を前に傾けてさして前方がみえない状態のまま自転車を走行させたため、路上を歩行していた原告に全く気が付かないまま、原告の背後に自転車を衝突させた。

(被告の主張)

被告は、雨傘をさしながら、ゆつくりしたスピードで、前方の視野には支障はない状態で進行方向に向かつて左側を走行していたが、道路の両端に駐車車両があつたためその右横を通り抜けようとした際、突然原告が左側から道路の中央方向へ飛び出してきたため、被告の自転車の荷物かごと原告のさしていた傘とが接触し、被告が「すみません」と声を出して通り過ぎようと思つたところ、原告がよろよろと転倒したもので、本件事故の発生について被告には過失はない。

2  原告の損害

3  過失相殺

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告の過失の有無)について

1  甲第一号証、検乙第一ないし第九号証及び証人益田恵以子、同大西俊輝の各証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件道路は、概ね幅六メートル程度であり、歩車道の区別はなく、制限速度は時速二〇キロメートルと指定され、両側には民家や駐車場、畑などがある。

(二) 被告は、本件事故当時、折からの小雨で眼鏡に雨滴がかかるのを防ぐため、右手に傘をやや斜め前に向けて持ち左手でハンドルを持つて、本件道路の左側を自転車で進行していたが、進行方向左側に三台の駐車車両があつたため、これを避けその右側を通過したところ、前方にいた原告がさしていた傘の布地の部分に自転車の前かごの部分を接触させ、原告を転倒させた。なお、被告の自転車の前照灯は故障しており、被告は無灯火で自転車を運転していた。

(三) 本件事故当時、本件道路は比較的暗く、他に車両の通行はなかつた。また、原告は黒い喪服を着ていた。

2  右事実によると、被告は、本件道路に歩行者があり、かつ、小雨のため歩行者が傘をさし被告の自転車に気付きにくい状況であつたことは十分予測できたのに、交通閑散に気を許し、右手で傘をさしながら自転車を運転しそのため視界が制限されているにもかかわらず、駐車車両の脇を通過する際に歩行者への注意を欠き、原告に衝突する寸前まで原告に気付かないばかりか、衝突時においても原告のさしていた傘しか目に入つていなかつたというものであつて、本件事故は、被告の過失によつて生じたものであるというべきである。

これに対し、被告は、突然原告が左側から道路の中央方向へ飛び出してきたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、被告本人は、原告との接触前には原告がいたかどうかわからなかつた。接触以前は原告は自分の前を歩いていたと思う、原告は急に目の前に現れた、駐車車両の陰から出てきたという感じだつた等と供述しており、本件事故現場付近が暗く、被告の自転車も無灯火であつたため、原告が黒い服を着ていたこともあつて、被告が、駐車車両の陰にかくれた原告に気付かないまま進行したものと認めるのが相当である。

二  争点2(原告の損害)について

本件事故によつて、原告が受けた損害は合計二五五万一六三四円と認められる。その内訳及び理由は次のとおりである。

1  治療費 六万一六一〇円(請求どおり)

甲第四ないし第七号証によれば、原告は、厚生会第一病院で治療を受け、同病院に治療費として合計六万一六一〇円を支払つたことが認められる。

2  入通院雑費 八万〇六〇〇円(請求どおり)

甲第二号証によれば、原告は、平成五年一月一五日から三月一七日まで六二日間、厚生会第一病院に入院したことが認められる。その間、原告は一日あたり一三〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められるから、その合計額は八万〇六〇〇円となる。

3  休業損害 四〇万九四二四円(請求一五九万三八〇六円)

乙第一三号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、自宅近くの日の出市場にある天麩羅等を扱う山本商店で、水曜日を除く毎日午前九時すぎから午後六時三〇分まで店番の仕事をしていたこと、本件事故に遭つてから平成五年四月一四日までの八九日間就労ができなかつたことが認められる。ところで、乙第一二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は大正八年生まれで本件事故当時七三歳であり、就労に格別の障害のなかつたことが認められるから、原告の年齢を考慮しても、本件事故当時原告は賃金センサス平成四年産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・年齢六五歳以上の平均年収である二七九万八五〇〇円の少なくとも六割の年収があつたということができる。そうすると、原告が本件事故によつて受けた休業損害は四〇万九四二四円となる。

計算式 2,798,500×0.6÷365×89=409,424(円未満切捨て)

4  逸失利益 〇円(請求一〇五二万〇七三一円)

甲第三号証、第八号証には、原告は、平成五年九月一〇日に症状が固定し、その結果、自覚症状として、記憶障害、記銘力障害、頭痛、ふらつき、聴力障害があり、家族によれば痴呆状態であり、また、他覚症状として、聴力障害、高次精神機能障害(判断力、記憶力、記銘力障害)、CT上、受傷部位(脳挫傷)に一致して脳萎縮あり、歩行時のふらつき(バランス障害及び下肢筋力低下)があるとの記載がある。しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告には本件事故以前から同程度の頭痛がみられたこと、右耳は一〇年くらい前から聞こえにくくなつており、左耳も本件事故の一年くらい前から少し聞こえにくくなつていたことが認められ、また、甲第三号証、第八号証によればオージオメーターによる聴力測定は一回だけ行われたにすぎないことが認められるから、本件事故と原告の頭痛及び聴力障害との因果関係には疑問が残るといわざるをえない。また、高次精神機能障害についても、CT上、受傷部位(脳挫傷)に一致して脳萎縮ありとされるものの、証人大西俊輝は、原告の左側の側頭葉に内出血があり、CTで右後頭部に皮下血腫が確認されているので、後ろ向きに倒れ右後頭部を打つたことが推定されるが、加齢的な変化による可能性も否定できないと証言しており、これらが本件事故によつてのみ引き起こされたものであると断定することはできないし、しかも、乙第一三号証及び原告本人尋問の結果によれば、現在これらも相当程度回復していることが認められるから、原告の年齢及び従前の就労の内容に照らすと、本件事故によつて原告がその労働能力の一部を喪失したと認めることはできない。

もつとも、乙第一二号証及び証人大西俊輝の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告が平成五年四月一五日から再び山本商店の店番の仕事を始めたのは、医師にリハビリのためにと勧められたためであること、しかし、その後背中が痛くなるなど体調が悪くなり、店番に耐えられなくなつたため、平成六年八月二二日からはこの仕事をやめ、九月には山本商店を閉店してしまつたことが認められ、原告が仕事をやめたことや高次精神機能障害が生じたことは、本件事故による影響が相当程度及んでいると考えられるから、これらの事情は慰藉料の算定にあたり考慮することとする。

5  慰藉料 二〇〇万円(請求二二〇〇万円(入通院二〇〇万円、後遺症二〇〇〇万円)

甲第二号証によれば、原告は、平成五年三月一八日から九月一〇日までの一七七日間厚生会第一病院に通院した(実日数一三日)ことが認められる。

そのほか、本件事故の態様、原告の受傷の程度、入院期間その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するには、二〇〇万円が相当である。

三  争点3(過失相殺)について

本件事故の態様は前記一のとおりであり、その発生について被告に過失があるというべきであるが、一方、本件事故当時、小雨が振り、原告も傘をさしていてその視界が狭められていたこと、本件道路は歩車道の区別がなく、駐車車両もあり、歩行者としても通行中の車両の有無について一応の安全確認はすべきであつたことから、本件事故の発生については、原告にも一割の過失があつたというべきである。

四  結論

原告の本件事故による損害二五五万一六三四円から過失相殺として一割を控除すると二二九万六四七〇円(円未満切捨て)となり、更に原告が填補を受けた三八万二二三〇円を控除するとその残額は一九一万四二四〇円となる。そして、本件事案の性質及び認容額に照らすと、弁護士費用は二〇万円が相当であるから、結局、原告が被告に対して請求できるのは、二一一万四二四〇円となる。

(裁判官 濱口浩)

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